ゴッホ作品の《アイリスの咲くアルルの風景》は、紫色のアイリスと黄色いきんぽうげのコントラストがとても美しい絵画です。
ゴッホ作品《アイリスの咲くアルルの風景》をより深く味わうために、「ゴッホが愛したアイリス・黄色×紫の対比・浮世絵の影響」という3つのポイントで、作品を見てみましょう。
ゴッホ作品「アイリスの咲くアルルの風景」とは?
《アイリスの咲くアルルの風景》」は、ゴッホのアルル時代の作品です。南仏の地で咲く鮮やかな紫色のアイリス、そして輝くように咲き溢れる黄色いきんぽうげの花……。
きんぽうげが一面に咲き乱れるさまは、まるで黄色い絨毯を敷き詰めたかのよう。こんな黄色を見ると心が弾みますね。ゴッホも一面の黄色を見て、思わず胸躍り、絵筆をとったのでしょうか?
《アイリスの咲くアルルの風景》は春の青空と黄色の組み合わせも、夢のような美しさです。のどかな春の風景は、なんだか絵本の世界だと思いませんか?
ここは紛うことなき南仏アルル。でもゴッホは目の前に広がる南仏の風景に、憧れの遠き国・日本を重ね合わせていました。
アイリスは、南仏を象徴する花の一つ。そして、ゴッホにとっての理想郷・日本を象徴する花でもあったのです。
「アイリスの咲くアルルの風景」をもっと愉しむ3つのポイント
ゴッホ作品の《アイリスの咲くアルルの風景》を愉しむために、知っておきたいポイントを3つ紹介します。
ポイント(1)ゴッホが愛したアイリス
ゴッホが描いた花と言えば、真っ先に思いつくのはひまわりですよね。実は、すらりとした姿が美しいアイリスも、ゴッホが繰り返し描いた花でした。
アイリスとは、日本で言えばアヤメや花菖蒲のこと。でも“アイリス”と呼ぶだけで、途端に洋風のイメージに変わるから不思議です。端正な佇まいが純和風を想わせますが、南仏でも有名な花なのですね。
繰り返し目にするアイリスの花に、ゴッホは次第に惹かれたのでしょう。特にサン=レミ時代に、ゴッホはアイリスを描いた名作をたくさん残しています。
たとえば、サン=レミの療養所に入ってすぐ描いたと言われているのが、こちらの「アイリス」です。
フィンセント・ファン・ゴッホ《アイリス》1889年 ゲティ・センター蔵
画面いっぱいに描かれたアイリスの、なんと豪華なこと!ぐっと目の前に迫るようで、圧倒されてしまいます。
花はもちろん、葉もとても伸びやかです。いきいきとした躍動感のある、とても力のある一枚です。
ゴッホは、花瓶に入ったアイリスも描きました。続いては、《アイリスのある花瓶》という作品です。
フィンセント・ファン・ゴッホ《アイリスのある花瓶》1890年 ファン・ゴッホ美術館蔵
花瓶の中に、アイリスがたっぷりと生けられています。とにかく豪華で、黄色の背景も鮮やか。まばゆい色彩がゴッホの名作《ひまわり》を想わせる一枚です。
かと思えば、淡く繊細な色遣いのアイリス作品も描いています。同じタイトルの《アイリスのある花瓶》という絵画です。
フィンセント・ファン・ゴッホ《アイリスのある花瓶》1890年 メトロポリタン美術館蔵
先ほどのアイリスとは、まったく印象が違いますよね!さまざまな色彩効果やタッチを試しながら、アイリスの魅力を引き出そうとする、“花を愛するゴッホ”の姿が目に浮かびます。
ポイント(2)「黄色×紫」の対比
《アイリスの咲くアルルの風景》は、「黄色×紫」という、補色のコントラストが美しい絵画です。
フィンセント・ファン・ゴッホ《アイリスの咲くアルルの風景》1888年 ファン・ゴッホ美術館蔵
補色とは、色のサイクルで相対する色のこと。いわば反対色のことです。「黄色×紫」は補色の代表例。その他「オレンジ×青」も補色として有名です。
補色をお互い混ぜ合わせると、黒く濁ってしまいます。ところが両者を並べるとお互いを強調します。より鮮やかさを際立たせてくれるのです。
黄色と紫は、お互いを引き立て合う相性のいい色です。《アイリスの咲くアルルの風景》も、咲き溢れるきんぽうげのおかげで、アイリスの紫色が引き立っていますよね。
そして同じく、アイリスの紫色が画面を引き締めることで、きんぽうげの開放的な明るさが輝いています。
色彩にこだわったゴッホは、黄色と紫という「補色」の組み合わせに惹かれていました。この風景を見たゴッホは魅了され、絵を描き始めます。そして弟テオへの手紙の中で、その美しい色彩についても細かく伝えています。
一枚の方は、真黄色のきんぽうげが一面に咲いた野原で、紫の花に緑の葉の菖蒲のある溝、背景に町、数本の灰色のねこ柳、青空の帯。
(引用)1961年 岩波文庫 ヴィンセント・ファン・ゴッホ著、ボンゲル編、硲伊之助訳『ゴッホの手紙(中)テオドル宛』76Pより
この一文だけでも、たくさんの色が登場します。真黄色、紫、緑、そして灰色、青……。ゴッホがいかに色彩を意識していたのかが、とてもよく伝わってきます。
ちなみに、この中で触れられている「灰色のねこ柳」。ねこやなぎとは、日本の川辺に自生する落葉樹のこと。早春になると、ふわふわとした灰色の花穂をつけ、春の訪れを知らせてくれます。
そして春になると、まるで糸のような黄色く愛らしい花を、ひっそりと咲かせるのです。灰色の花穂を見たゴッホは、春の訪れを感じたのでしょうね。
ポイント(3)浮世絵の影響
《アイリスの咲くアルルの風景》は、浮世絵を意識して描いた風景画です。たとえば、
- くっきりとした、強い輪郭線
- 陰影をつけない平坦な彩色
- 画面の真ん中より高い地平線
たとえば、アイリスの葉を見てください。葉をしっかりと輪郭線で囲っていますよね。そして影をつけることなく、豊かに絵の具を塗り込んでいます。地平線もぐっと高くとっていますよね。
これらはすべて、ゴッホが浮世絵から学び取った技法なのです。ゴッホの浮世絵愛がたっぷり詰まっているのですね。
この絵に描かれている風景も、なんだか日本のようだと思いませんか?しかも日本の浮世絵を取り入れた画風になっていることで、懐かしさを感じてしまいます。
ゴッホ自身も弟テオ宛の手紙で、こんな風にアイリスの風景を語っています。
まだ野原の草を刈ってなかったらこの習作をやりなおしたい。とても美しい効果で、構図を決めるのがむずかしかった。黄と紫の花が満開の野原で囲まれた小さな町、まるで日本の夢だ。
(引用)1961年 岩波文庫 ヴィンセント・ファン・ゴッホ著、ボンゲル編、硲伊之助訳『ゴッホの手紙(中)テオドル宛』76Pより
「まるで日本の夢」とは、なんと詩的な表現でしょうか!ゴッホが日本に抱いていた憧れの気持ちが、ひしひしと伝わってきます。
まとめ
ゴッホ作品《アイリスの咲くアルルの風景》は、日本の田園風景を想わせるのどかさがあります。それもそのはず、この絵はゴッホが日本に憧れ、浮世絵の技法を使って描いた一枚なのです。
なお、ゴッホと浮世絵の関係については、別記事で詳しくお伝えしています。興味のある方は、ぜひあわせてご覧くださいね。