ゴッホ33歳、パリで花を描く日々…薔薇や立葵、描いた花12選

ゴッホはパリ時代、たくさんの花の静物画を描きました。色彩を研究するためです。街路を彩るライラックや野に咲くヒナゲシ……パリ時代の花の絵は、とても美しいものばかり。

ゴッホがパリ時代に描いた花の静物画をまとめました。季節ごとに、描いた花を紹介します。

パリ時代、なぜゴッホは花の絵を?

ゴッホは33歳のとき、パリに出ました。本格的に絵の勉強をするためです。

当時のゴッホは、弟テオを頼っての生活でした。十分な資金がありません。花であれば、手頃な価格で手に入ります。色彩も豊富です。

色彩を研究したいゴッホにとって、花は絶好のモチーフでした。そしてゴッホは、たくさんの花の静物画を描きます。

本当は肖像画を描きたかったのです。でもモデルを雇うお金はありません。だから花を描き、自画像を描きました。

花を描いたことはゴッホにとって、もしかして不本意だったのかもしれません。でも後世のファンにとってはありがたいことです。

ゴッホが残した花の絵には“ゴッホの黄色”とは違った魅力があります。美しい花の数々には、ゴッホの優しいまなざしも見える気がします。

パリ時代の作品:春の花

ゴッホはパリ時代、春の花をたくさん描きました。ふっくらと咲く大輪の牡丹や、桃色のライラック、可憐なデージー……それぞれの絵を見てみましょう。

ゴッホが描いた花(1)牡丹(ボタン)

ゴッホはパリ時代、牡丹を描きました。《ボタンのある花瓶》です。ふっくらとした花姿が、とても艶やか。大輪ならではのふくよかさが伝わってきます。

フィンセント・ファン・ゴッホ《ボタンのある花瓶》1886年 個人蔵

牡丹は古くから、美しさの象徴でした。美しい女性の容姿や立ち居振る舞いを、「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」と形容しますよね。

ただ牡丹というと“東洋の花”というイメージです。ゴッホが暮らしたフランスと牡丹。なんだか不思議な取り合わせです。

……と思って調べていたら、なんと!印象派の巨匠モネも、牡丹の花を描いていました。

モネは後半生を、フランス北部の小さな村・ジヴェルニーで過ごしました。花を愛したモネは、邸宅の庭にたくさんの花を植えます。

有名な睡蓮をはじめ、桜や藤、アイリス……そして日本から牡丹を取り寄せて、大切に育てました。その様子を描いたのが《牡丹の庭》です。


フィンセント・ファン・ゴッホ《牡丹の庭》1887年 国立西洋美術館所蔵

赤やピンク、色とりどりの花色が、とても鮮やか。茅葺屋根と牡丹という組み合わせが、日本を想わせる一枚ですね。

ゴッホ作品(2)ヒナゲシ

ゴッホはパリ時代、ヒナゲシの絵も描きました。この作品は《赤いヒナゲシのある花瓶》です。こっくりした赤が印象的な一枚です。


フィンセント・ファン・ゴッホ《赤いヒナゲシのある花瓶》1886年 ワズワース・アセニウム美術館蔵

ヒナゲシは野に咲く春の花。ポピーの仲間です。春風に吹かれると、薄い花びらがふわふわ揺れる姿が魅力です。

日本では「虞美人草」とも呼ばれるヒナゲシ。フランス語では“コクリコ”と言います。コクリコという響き、なんだか愛嬌があると思いませんか?

一輪でも可愛いコクリコですが、群生すると見事。とても迫力があります。

広い野原一面に咲くコクリコは、フランスの大地を染めるかのよう。ゴッホもこんな光景を見たのでしょうか?

そして《赤いヒナゲシのある花瓶》には、蕾も描かれています。花開いたコクリコと、これから開花を迎えようとするコクリコ。両方のバランスを見ながら、花瓶に挿していったのですね。花瓶の前で思案するゴッホが思い浮かぶかのようです。

そんなことを考えながら絵を見ると、なんだか蕾が多いなと感じるのです。もしかすると、これから開花しようとする自分と蕾を、重ね合わせていたのかもしれません。

ゴッホ作品(3)ヒナギク

ゴッホはパリで、ヒナギクも描きました。この作品は《ヒナギクとアネモネのある花瓶》というタイトルです。


フィンセント・ファン・ゴッホ《ヒナギクとアネモネのある花瓶》1887年 クレラー・ミュラー美術館蔵

ヒナギクというより、デージーと言ったほうが馴染みがあるかもしれません。野菊を想わせる可憐な姿と明るい色が、春の庭に似合う花です。

日本でデージーといえば、園芸店で苗を購入する花。春の庭を飾るために植えるイメージです。

ところがヨーロッパだと、デージーがそこかしこに自生しているのだとか。もしかするとゴッホも、野に咲くデージーを大事に摘み取って来たのかもしれません。

ゴッホ作品(4)アミガサユリ

続いて、ゴッホが描いたアミガサユリの絵画です。アミガサユリのシックな花色と、銅の花瓶の渋い色がよく合います。


フィンセント・ファン・ゴッホ《銅の花瓶のアミガサユリ》1887年 オルセー美術館蔵

アミガサユリより、日本ではバイモユリという名前でおなじみです。百合の仲間ですが、大輪ではありません。一つ一つがとても小さな花です。

うつむき加減に咲く姿にも、控えめな美しさがあります。茶花として親しまれているのもうなずけますね。

ところが、顔をそっとのぞき込んでみると……。実はこんな個性的な顔をしているのです。

そう、網目模様をした笠のような花。これが“アミガサユリ(編笠百合)”と呼ばれる所以です。

ゴッホが描いた《銅の花瓶のアミガサユリ》は、花が下を向いたまま。でも、中に隠し持った個性が溢れているかのようです。

ゴッホ作品(5)ライラック

ゴッホはパリ時代、ライラックも描きました。ゴッホ作品《ライラック》です。


フィンセント・ファン・ゴッホ《ライラック》1887年 アーマンド・ハマー美術館蔵

ゴッホといえば、黄色のイメージです。あまり赤のイメージがありません。でもこの作品は、赤にピンク、薄桃色……とても美しい赤の世界が描かれています。

そしてライラックといえば、紫色の印象です。でもゴッホが選んだのは、ピンク色のライラック。

そして、清らかな白のライラックです。

寒さに強いライラックは、日本では主に北海道で育てられています。でもヨーロッパでは、街路樹としておなじみで“リラ”と呼ばれて愛されています。

ゴッホもリラの花を見上げて、美しさに惚れ惚れしたのでしょうか?ゴッホが見たリラの花咲く景色を見てみたいものです。

ゴッホ作品(6)パンジー

ゴッホはパリ時代、パンジーの絵も描きました。《タンバリンにパンジー》は、タンバリンとパンジーを組み合わせて描いた作品です。


フィンセント・ファン・ゴッホ《タンバリンにパンジー》1886年 ファン・ゴッホ美術館蔵

タンバリンの上に、パンジーの寄せ植えの鉢を置いているのでしょうか?溢れんばかりに咲くパンジーの花の数々。控えめながらも生命力が感じられます。

ちなみにパンジーという花の名は、フランス語で「思索・物思い」を意味する“パンセ”が語源なんだとか。少し前かがみに咲くさまと、物思いにふける人を重ね合わせて名づけられました。

ゴッホにとってパリ時代は、絵への情熱を燃やし、一歩ずつ階段をのぼろうと考えを巡らせていた時期。パンジーの花のように、思索にふけっていたことでしょう。

パリ時代の作品:夏の花

ゴッホはパリ時代、夏を彩る花の数々も描きました。花の女王・薔薇や、日本では「母の日」でおなじみのカーネーションなども描いています。

ゴッホ作品(7)バラ

この絵は、ゴッホが描いた《ボタンとバラのある器》です。


フィンセント・ファン・ゴッホ《ボタンとバラのある器》1886年 クレラー・ミュラー美術館蔵

バラといえば、美しくて気高く“花の女王”のイメージです。どこか取り澄ましたような雰囲気があります。

でもゴッホが描くバラは、とても柔らかい印象だと思いませんか?柔らかな色彩や、花びらのふんわりとした質感に、女性らしい柔らかさが感じられます。

ゴッホが描いたバラの花を見ていると、何気ない日常にバラの花を取り入れたくなります。

ゴッホ作品(8)カーネーション

ゴッホは、カーネーションの花もたくさん描きました。こちらの《カーネーションのある花瓶》は、その一例です。


フィンセント・ファン・ゴッホ《カーネーションのある花瓶》1886年 アムステルダム市立美術館蔵

日本でカーネーションといえば、真っ先に思いつくのは母の日です。あまりに定番すぎて、普段飾る花には選ばない花かもしれません。

カーネーションは、フランス南部原産の花。色も豊富で、中世ヨーロッパでは絵画で多く描かれた花なんです。

たとえば、こんな淡い桃色のカーネーションだと、印象が変わります。とても優しく、花びらの重なりも繊細です。

そして、薄緑色のカーネーションならモダンな美しさが感じられます。シンプルに白い花と合わせたり、シックで深い色合いの花と合わせても、洗練された雰囲気になりそうです。

そして、サーモンピンクを想わせるカーネーションもあります。

ゴッホが描いた花の絵を見ていると、何気ない花の美しさや可能性に気づきます。ますます日常に花を取り入れたくなる……そんな効果がある気がします。

ゴッホ作品(9)グラジオラス

続いて、ゴッホが描いたグラジオラスの絵画です。たとえば《赤いグラジオラスのある花瓶》は、グラジオラスらしいシャープな姿が印象に残る一枚です。


フィンセント・ファン・ゴッホ《赤いグラジオラスのある花瓶》1886年 個人蔵

グラジオラスという花の名の由来は、ラテン語のグラディウス(gladius=剣)からきています。すらりと伸びる鋭い葉が剣を想わせることから、その名がついたのです。

葉は勇ましいものの、花はとても優雅。日本でも夏花壇の定番ですね。整然と花をつけながら華やかに咲く姿は、夏の空気までも鮮やかに染めてくれる気がします。

燃えるような赤が美しい、印象的な一枚です。この赤さは、ゴッホの情熱をも表しているのかもしれません。

ゴッホ作品(10)サルビア

夏の花といえば、サルビアも忘れてはいけません。ゴッホはパリ時代、サルビアの絵も描きました。


フィンセント・ファン・ゴッホ《シオン、サルビアその他の花々のある花瓶》1886年 ハーグ市立美術館蔵

朱赤のサルビアといえば、夏の花壇を彩る花としておなじみです。花壇を埋め尽くすかのように咲くサルビアは、とても見事。まるで赤の絨毯のよう。燃え立つような色合いが、夏空にぴったりです。

そう、サルビアといえば花壇の花というイメージでした。切り花にする発想はなかったのです。でも、こんな風にあたり一面にサルビアが広がっていたら……。

たしかに、サルビアを飾りたくなるかもしれません。花壇という場で見るイメージだったサルビアのイメージが変わる一枚です。

ゴッホ作品(11)タチアオイ

ゴッホが描いたタチアオイの絵がこちら。《タチアオイのある花瓶》です。


フィンセント・ファン・ゴッホ《タチアオイのある花瓶》1886年 チューリッヒ美術館蔵

タチアオイは漢字で「立葵」と書きます。その名の通り、すっと立って咲く葵のこと。2m以上もの花茎が伸び、下から順に咲き進んでいきます。

タチオアイは、日本で別名“梅雨葵”(つゆあおい)と呼ばれています。

タチアオイが咲くのは、梅雨入りの頃。そして下から上へと咲き進み、てっぺんまで花が咲くと梅雨が明けると言われています。

だからタチアオイといえば、これまで梅雨に咲く花というイメ―ジでした。でもパリにも咲くのだと思うと、印象が変わります。

ちなみにゴッホは、アーネスト・クオストが描いた「タチアオイの咲く庭」を見て、感銘を受けました。クオストはタチオアイを描く名手だと尊敬していました。

「クオストにはタチオアイがある。自分はひまわりで……」と、認められることを望んでいたのです。

ゴッホ作品(12)ひまわり

ゴッホはパリ時代にも、ひまわりを描いていました。この後、アルルで描くひまわりとは印象がまったく違いますね。

フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり、バラその他の花々のある器》1886年 マンハイム市立美術館蔵

アルルで描いた名作「ひまわり」シリーズは、鮮やかな黄色と力強いタッチが特徴です。でもパリ時代に描いたひまわりは、とても写実的で繊細。同一人物が描いた作品とは思えません。

でも、このひまわりの絵があり、アルル時代の名作ひまわりへとつながりました。そう思うと、この絵を見る目が変わります。

まとめ

ゴッホがパリ時代に描いた花の静物画を紹介しました。ゴッホのイメージが変わる絵ばかり。そして、ゴッホの魅力に改めて気づける作品ばかりです。

パリ時代を経て、ゴッホはアルルへと向かいます。名作「ひまわり」シリーズ誕生まであと少し。パリ時代は、ゴッホが着々と階段をのぼった貴重な日々だったのです。

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